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総論

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宇宙とは何か

宇宙とは、すべてが愛に向かう場所


宇宙とは何か。

これは、とても壮大なお話です。

宇宙の始まりには、完璧な「源」と呼ばれる存在があります。

源は、自身の素晴らしさを観察するために、

「宇宙」という仮想空間

を作りました。

そこに、源とは少し違うバージョンの存在を作り、その「違い」の中で自身を観察することを始めました。

これが、宇宙の起源です。

源が自分自身を知りたいと思って作り上げた、バーチャルな空間、仮想の空間。

そこに、源の違うバージョンをたくさん作った。

最初に大きなものがあり、そこから分裂していった、とイメージしてみてください。

もちろん、皆さんが「宇宙」と聞いたときには、いろいろな銀河があり、多種多様な存在がいる一つの大きな世界を思い浮かべるでしょう。

それも一つの世界です。

そして、また違うバージョンの宇宙もあります。

それは、無限に広がっています。

さらに階層を広げて見れば、皆さんが認識している宇宙も、その全体の一部分です。

ただ、それらをすべて理解する必要はありません。

ここでは、

無限にたくさんの宇宙があり、もともとは一つの源が作った仮想の世界である

というイメージを持ってください。

その中で、皆さんが知覚できるもの、皆さんが「宇宙」と呼んでいる範囲を中心に話を進めていきま

す。



宇宙の目的


宇宙の目的は、源の目的と一致します。


源の目的は、


自分自身を知ること。


ただ、「知る」というのは、知らないから知るということではありません。


源は、自分自身を知っています。


知っているけれども、確認する。


検証する。


観察する。


そのように捉えるのが近いでしょう。


源の素晴らしさは変わりません。


ただ、それをどのように表現するのか。


たとえば花を見て、画家が、


「どうやって、その素晴らしさを描こうか」


と考えるとき、いろいろな工夫をします。


花は花で、美しい、完璧な存在です。


それをどう描くのかは、画家が知恵を巡らせ、自由に創作するところです。


源は、完全なる存在です。


その素晴らしさを、さまざまな形で表現し、観察していく。


そのための世界が宇宙です。



宇宙は、横へ、前へ拡大していく


宇宙は拡大していきます。


知ることによって拡大する世界です。


何かを知りたいという欲求を満たすと、広がっていく。


拡大していく。


イメージとしては、


横に広がっていく。


上に行ったり、下に行ったりするというよりも、ずっと前に進みながら、水平に広がっていくようなイメージです。


そして、その先頭に立っているのが、肉体を持った私たちです。


私たちの後ろには、本体である魂、ハイヤーセルフがあります。


そこから、ぎゅっと集中したポイントが肉体です。


その肉体が体験するたびに、世界が広がっていく。


光が、バーッと広がっていくようなイメージでもいいでしょう。


そして、それには終わりがありません。


どんどん、どんどん広がっていきます。


肉体は一定の期間でこの世界から消えます。


けれども、魂は消えません。


また新たに、肉体として像を結ぶ。


焦点として、また現れていきます。


これが転生です。


魂があり、その一部が肉体として焦点を結ぶ。


私たちは、そのような状態でこの世界を体験しています。



愛というフィールド


宇宙は、


愛を基盤にできています。


愛は、源のエネルギーそのものです。


源は、愛そのものです。


そして私たちは、その愛を基盤とするフィールドの中にいます。


そこで、いろいろな試みをする。


いろいろなことを体験する。


そして、宇宙は拡大していく。


それが宇宙です。


宇宙には、それぞれの存在の自由意志があります。


さまざまな違いがあります。


けれども、宇宙全体には源へ向かう大きな流れがあります。


源は、愛そのものです。


ですから宇宙を大きな視点から見るなら、


すべてが愛に向かっている。


そのように捉えることができます。


## 源と、私たちが描く絵


源とは、最初の存在。


完璧なもの。


すべてを満たしているものであり、愛そのものです。


そこから、違うバージョンを作っていく。


違いを観察することで、自分自身をさらに観察していきます。


花のことで言えば、いろいろな花を描きます。


その違いから、


「こんな可能性があるのか」


「この花というのは、こういうものなのか」


ということを知っていく。


でも、


花そのものは変わりません。


それが源です。


私たち一人ひとりは、それぞれに描かれた絵のような存在です。


いろいろな状態の宇宙を表現する。


愛を表現する。


源を表現する。


違うバージョンの源と言ってもいいでしょう。


さまざまなバージョンの愛と言ってもいい。


何を描いてもバラです。


バラは、何色であってもいい。


一般的なバラに見えなくてもいい。


そこに優劣もありません。


それぞれが、自分のキャンバスにバラを描いていく。


その行為に意味があります。



イメージを、肉体が具現化する


それを実際に描くという作業は、肉体が行います。


「イメージ」と言うと分かりやすいかもしれません。


それは魂側、非物質のところで行われる活動です。


そして肉体は、それを具現化します。


なぜ具現化するのか。


非物質の状態にあるものを、


濃い、厚い、分厚い、塊のようなものとして生み出していく。


そのようなイメージです。


非物質の状態は、ふわっとしていて、取り留めがないように感じるかもしれません。


それを肉体が、しっかりと形にしていく。


そういう役割があります。



違いがあるから、本質が見えてくる


では、なぜ違いが必要なのでしょうか。


違う絵を描くからこそ、


「その本質とは何だろうか」


というものが見えてきます。


本質は、本質だけでは捉えにくいところがあります。


そこに、本質とは少し違うものがあることで、かえって本質が分かりやすくなる。


たとえば、赤いバラを青で描いたとします。


すると、赤いバラでは見えなかった形が見えてくるかもしれません。


線だけで描けば、


「葉っぱには、こんなカーブがあったんだ」


と気づくこともあります。


全体を構成するさまざまな要素の出力を変えることで、細部が見えてくる。


宇宙に存在する「違い」も、それに似ています。


不完全でもいい。


元のバラを完璧に映し取っていない絵でもいい。


それらを集めていくことで、


大元のバラが、よりよく見えてきます。


そして、絵がどんどん積み上がっていく。


それによって世界が拡大する。


宇宙のフィールドが広がっていきます。


いろいろなものが積み上がっていきますが、雑然と崩れていくのではありません。


全体としては、整然と広がっていきます。



非物質から物質へ


地球の時間感覚で順番をつけて説明するなら、


非物質的な世界 → 物質世界


という流れで捉えることができます。


高い波動から低い波動へと分化していき、一定の波動領域になると、私たちはそれを「物質」として認識できるようになります。


ただし、これはあくまで、時間という装置の中で生きている人間に合わせた説明です。


宇宙全体の視点では、


すべては一瞬で成立した


と表現する方が正確です。


じわじわと時間をかけて出来上がったわけではありません。


一定の波動領域を切り取ることで、私たちはそこを物質として認識しています。



宇宙は、源の営みの現れ


宇宙は、源とは無関係に存在する場所ではありません。


源が自身の素晴らしさを観察するために生まれた空間です。


完璧な源が、完璧に動く装置を作ったのが宇宙。


その中で、私たちはいろいろな絵を描きます。


いろいろなキャンバスに絵を描いていく。


それを集めて、


「源って、こんな見え方もするんだね」


「こんな要素もあるんだね」


と、みんなで見ている。


そして、そこからまた新しいものが生まれてくる。


宇宙の営みとは、そのようなものです。


だから、とても楽しい。


わいわいしているような感じ。


何か厳粛なものだけではありません。


愛というフィールドの中で、さまざまな違いを自由に体験しながら、新しいものを生み出していく。


そして宇宙全体は、源へ、愛へと向かいながら拡大を続けていきます。

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