各論
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転生
VERDEの定義
VERDEでは、転生を魂が、再び肉体として物質世界へ焦点を結ぶことと捉えます。
09で見たように、魂と肉体は別々の存在ではありません。
魂の一部が肉体として物質世界へ焦点を結び、そこで現実を体験しています。
そして、肉体的な死によって肉体としての活動が終わっても、魂そのものが終了するわけではありません。
その魂が再び肉体として物質世界へ焦点を結ぶ。それを、この講座では転生と呼びます。
「別の人に生まれ変わる」とは少し違う
一般的には、「死んだあと、別の人に生まれ変わる」というイメージで転生が語られることがあります。この表現でもイメージとしては理解できますが、この講座の構造から見ると少し違います。
肉体Aが肉体Bになるわけではありません。肉体としての「私」が、そのまま別の肉体へ移動するわけでもありません。
もともと、魂 → 肉体として焦点を結ぶという関係があります。
一つの肉体としての活動を終えたあと、魂が再び別の肉体として焦点を結ぶ。
したがって、肉体が生まれ変わるのではなく、魂が新たな肉体として物質世界に現れると捉える方が近いでしょう。
なぜ転生するのか
宇宙は拡大を続けています。そして肉体は、その創造の最先端にあります。
肉体を持つことで、見る、聞く、触れる、感じる、考える、行動する、という、とても変化に富んだ体験ができます。
一つの肉体としてさまざまなことを体験し、その活動を終えると、また新しい肉体として物質世界へ焦点を結び、新しい体験をする。
そうやって、魂もまた、物質世界でのさまざまな体験に関わり続けています。これは、「何かを達成できなかったから、もう一度やり直す」という意味ではありません。
宇宙そのものに終わりがなく、拡大が続いているように、魂の体験も続いていきます。
転生は「修行」なのか
転生について、魂が成長するための修行として説明されることがありますが、この講座では、転生をそのようには捉えません。
何度も生まれ変わりながら課題を克服し、やがて合格する。
未熟な魂が、転生を繰り返して立派な魂になる。
そのような構造ではありません。
そもそも宇宙は、「完成しなければならないから拡大している」わけではありません。
まだ体験できる。
まだ新しいものが生まれる。
まだ新しい絵を描ける。
だから拡大が続いています。転生も、その大きな営みの中にあります。
前世とは
現在の肉体より前に、同じ魂が物質世界へ焦点を結んでいた体験を、一般的には、前世、過去世などと呼びます。この講座でも、便宜上その表現を使うことができます。
ただし、「前」という表現は、地球の時間感覚に合わせたものです。
宇宙全体では、時間そのものを肉体と同じようには捉えていません。
ですから、前世=時間軸上で単純に過去に並んでいる人生という理解だけでは、宇宙全体の構造を完全には表せません。
とはいえ、肉体を持った私たちが理解するうえでは、「以前の転生」「前世」という表現で十分でしょう。
前世の記録は、共有されていることもある
前世については、もう一つ知っておきたいことがあります。私たちが「前世」として認識する情報が、必ずしも、その人固有の転生の記録とは限りません 。
非物質の領域には、さまざまな人生の記録が蓄積された、共通のデータベースのようなものがあります。
私たちは、そこにある情報へアクセスすることがあります。そして、その情報を、「これは私の前世だ」と認識することがあります。
ここで重要なのは、その感覚が単なる曖昧なイメージとは限らないことです。
まるで自分自身が実際に体験した記憶のように、非常に強いリアリティを伴うことがあります。
そのため、本人にとっては、自分自身の前世の記憶と区別することが難しい場合があります。
なぜ、同じ人物を複数の人が前世だと感じるのか
ときどき、歴史上の同じ人物を、複数の人が「自分の前世だった」と感じることがあります。
一人の人物に対して複数の人が、「自分だった」と感じるのであれば、単純に考えると矛盾しているように見えます。
けれども、その人物の人生に関する記録が共通のデータベース上にあり、複数の人がその情報へアクセスしている場合があります。そして、その情報には、自分自身が実際にその人生を生きたと感じるほどのリアリティがあります。
そのため、複数の人が同じ人物について、「これは自分の前世だ」と認識することが起こります。
自分固有の前世かどうかを、厳密に区別するのは難しい
したがって、前世として感じたものが、
自分自身の魂が実際に体験した転生なのか。それとも、共通のデータベースにある人生の記録へアクセスしているのか。これを厳密に区別することは困難です。
「これほどリアルに感じるのだから、間違いなく自分の前世だ」とは限りません。
反対に、「同じ人物を前世だと言っている人がほかにもいるから、自分の感じたものは間違っている」と考える必要もありません。
どちらの場合にも、本人にとっては非常にリアルな情報として認識されることがあります。
リアリティの強さだけでは、その情報が自分固有の転生記録なのか、共有された記録なのかを判別することは難しい。前世の情報には、そのような性質があります。
前世を知らなければならないのか
転生があるなら、「自分の前世を知った方がいいのではないか」と思うかもしれませんが、前世を知らなければ、今の人生を生きられないわけではあり ません。
現在の肉体は、今の物質世界を体験するために焦点を結んでいます。大切なのは、今ここにいる肉体の自分が、何を感じ、何を望み、どう生きていくのかです。
前世として認識した情報が、現在の自分を理解する助けになることもあるでしょう。
一方で、それが自分固有の転生記録なのかを特定すること自体が、必ずしも重要なのではありません。
知らなくても問題ありません。
